誰でもが、「自分の思っていることに間違いはない。その証拠には、病があったり、出来事があったりすると、すぐ心のなかが、平静であるべき場合に平静でなくなって、怒ってみたり、あるいは悲しんでみたりするのが、百人が百人、同じじゃないか。だから、自分の現在もっている心の状態に間違いない」と思っちまう。
しかし、百人のなかで九十九人が間違っていても、間違いは間違いなんです。百人のなかでたった一人が正当を行っていれば、数が少なくても、正当は正当なんです。わかりますか?
人数が多ければ、間違いも正しいもののようにされちまうのは、議会だけなんです。あの議会ってのは重宝ですよ。どんなに間違っていても、不当なことでも、人数が余計あれば、もうそれで決定しちまうんだから。が、人生はそいういうわけにはいかない。
ところが、人生も議会と同じように考えているのが現代人の常識じゃないか。「俺が思うこととあいつの思うことは同じことじゃないか。こいつもそう思うってりゃ、みんな同じだ、どうだ、俺の考えは間違いないだろう」とこうなっちまう。
そうすると、みんな間違いをか違いでなく、正当だと思ってる間違いを、あくまでも訂正しないで一生を生きちまうんだ。